ぬじろぐ

メモです。議論やコメントは受け付けておりません。当方オタクの女ですので、唐突に腐ったりします。注意。

放課後のうた

 友達とまではいかなくとも、顔見知りが殺されたと知って黙っていられる人間は居ないだろう。世の中にはもしかしたらいるのかもしれないが、少なくとも私は黙っていられない人間で、まあ、そのせいで要らぬ物を見る事になったのだけれど。

 その日はこれと言って何の変哲も無い、本当になんでもない日だった。
 いつも通り学校へ行き、特筆すべき事も起こらず一日が終わると思った頃、異変は起こった。
 といっても初めは「なんだか変な感じがするけれど、気のせいかな」くらいのもので、それでも現実としてありえない範疇のものではなかった――と思う。

 気づいたら教室に誰もいなかった。何事かと思って時計を見たら疾うに6時間目の授業も帰りのホームルームも終わった時間で、時刻は5時前、誰もいないのは当然だった。6時間目の途中から全く記憶がないあたりから考えると、どうやら寝ていたらしい。だとしたら随分豪快に寝てしまったものだなぁ、と自分に呆れた。妙な夢を見ていた気がするが思い出せない。鞄にペンケースを仕舞い(教科書は机の中に置きっぱなしだ)さて帰るかと思っていたとき、突然同じクラスの女子(名前は知らない)に声を掛けられた。

「ねえ、岬さんを見なかった?」

先に述べた通り、教室には誰もいなかったのだ。誰かが入ってきた気配も、物音もしなかった。だから、私も驚いた。

岬さんというのも同じクラスの人で、「岬」と書いて「さき」と読む。珍しい苗字なので憶えていた。私はよくいる平凡な苗字なので、珍しい苗字の人が少しだけ羨ましい。こればかりはどうしようもない事なのだけれど。
 岬さんは、名前を知らない彼女の友達だ。仲が良いらしく、いつも一緒にいるのを知っていた。

「ごめん、分からない」

素直に答えると、彼女は

「そっか」

と残念そうに一言告げて、何処かへ行ってしまった。
 私も、鞄を持って教室を出る。

 遠くから聞こえてくる野球部員の声、吹奏楽部の楽器の音。廊下には誰もいない。この時間ならまだ残っている人がいても不思議ではないはずなのに、見事なまでに誰もいない。
日常を示す遠くからの音は聞こえている。しかし、昇降口へ向かう間の教室もやはり人がいない。なんとなく不自然さを感じたが、だからどうするというわけでもない。私はそのまま帰るつもりだった。

 階段を下りて1階へ、下駄箱に向かう途中の女子トイレ。そのドアが少しだけ開いていて、誰かの影が見えた。。
 なんだ、まだ人が残っているじゃないか。さっきも名前は知らないけれどクラスメイトが残っていたのだし、やはり誰もいないなんていう違和感は気のせいだ。それに、もしかしたらトイレにいるのは岬さんかもしれない。
 そう思った私は、トイレの前を通り過ぎる時に、ちらりとドアの隙間を見た。本当に岬さんかどうか確かめようと思ったわけではないし、もしそうだったとしても先程の彼女を探して報告するつもりなどない。本当に何気なくだったのだ。
その何気なく、が、いけなかった。

 ドアの隙間から目が合う。

首を絞められて鬱血した顔、
見開かれた瞳、
そしてその細い首を絞めている手。
その手を辿ると知らない男。

 学校関係者には見えない不審人物が、岬さんの首を絞めている。

 それを認識した私は悩む間もなく走り出した。
 学校には誰もいない。さっきまで聞こえていた吹奏楽部の楽器の音も、野球部の掛け声も、聞こえない。教師の姿もさっきから一人も見えない。誰もいない。きっとこの校舎の中にいるのは 彼女と私と岬さん、そしてさっきの首絞め男だけだ。
 夕焼けで赤く染まる廊下を、そんな錯覚を起こしながら走っていた。そんなはずはない、この時間の学校の中にはまだ人がいるはずなのに。
 考えてみれば、この時既に私はあの世界に入り込んでしまっていたのかもしれない。私が今まで暮らしていた世界ではなく、隣り合わせに存在する遠くて近い場所。何処か懐かしさと寂しさを感じさせる、夕焼けに赤く染まる世界。
 
 今にして思えば。大声でも出して叫んでいれば、不審な男は岬さんの首を締めるのをやめて逃げたかもしれない。
 あの時点ではまだ、岬さんは生きていたかもしれない。
 急いで救急車を呼べば、助かったのかもしれない。

 しかし、その時の私はそんな事に考えが及ぶはずも無く、ただ学校の廊下を走り続けた。
彼女を探す為に。


2

 誰もいないと確信的に分かっているので、何の遠慮もなく職員室の扉を蹴り開けた。普段なら絶対にしないのだが事が事だ。ずかずかと入り込み、手近な所にあった電話を手に取る。しかし受話器から聞こえてくるのは「サー」というノイズだけで、番号をプッシュしても何の反応もない。電話線は繋がっている。

 つまり、そういうこと。

 何となく予想していただけにかえって腹がたつ。受話器を叩きつけるように戻すと、そのまま職員室を出る。多分、他のどの電話で試しても結果は同じだろう。妙な声が聞こえなかっただけ運が良いのかもしれない。
 あれから随分校舎の中を走り回った。時間は経っているはずなのに窓の外の夕焼けは一向に暗くなり始める気配はないし、彼女は見つからない。相変わらず誰かがいる気配もなければ物音もしない。もう、先程の男もどこかへ逃げてしまったかもしれなかった。或いは、まだ校舎の中をうろついているのかもしれない。後者の予想を採用するならいつまでもこんな所を一人でうろうろしていないでさっさと外へ出るなり何なりするべきなのだろう。だが、それも出来ない。
 なんと言っても、昇降口が消えているのだから。何処にあったのかよく思い出せないといったほうが正確だろう。確かここにあったはず、という場所には壁と寄贈品の大きな鏡しかなかった。よく考えてみればそこは前から壁だった気もする。その鏡も昔の卒業生一同が寄贈したもので、確かに前から存在はしていた。・・・果たしてその場所にあったかどうかは定かではないけれど。
 一階の窓から出ようとしたが、まるで嵌め込み窓になってしまったかのように開かない。椅子を投げつけてみたが、がん、と音を立てて跳ね返ってきただけだった。
 散々走り回った挙句に自分の教室に戻ってきてしまった。
 窓が開け放たれている。ここからなら出られるなと思ったけれど、それを実行したらただの飛び降り自殺になる気がする。
 ふと、屋上に行ってみた。屋上からなら昇降口が何処にあるか見えるかもしれないと思ったのだ。いつもなら屋上へ出る為の扉には鍵がかかっていて勝手に出入りする事は出来ない。その鍵は職員室にあるので、誰もいない今なら堂々と鍵を盗ってきても文句を言う人はいない。
 屋上に出てその上には更に階段があり、倉庫に続いている。ここにも鍵がかかっていて、今の私なら何処の鍵でも勝手に開け放題だが学校の七不思議に数えられる怪談があるのでむやみに開けたいとは思わない。

 屋上の端ギリギリ(なんとこの学校の屋上は落下防止の柵がついていない)まで近づいて、昇降口を探す。怖すぎる。まったく、柵もついていないなんて落ちたらどうしてくれるんだ。丸い貯水槽の方に目をやった時、昇降口が漸く見つかった。位置関係からして先程通った場所のような気がするのだが。そんな事はどうでもいい。もういい加減私は飽き飽きしていた。これだけ校舎内をうろついても彼女は見つからなかったのだし、誰に責められる謂れもないだろう。私は充分努力した。そう自分に言い聞かせて、昇降口に向かう事にした。
 廊下を歩いている途中に窓の外、視界の端を何かが落ちていくのを見た気がするが、無視して進む。窓ガラスにべしゃり、と何かが潰れる嫌な音を立てて白い物が貼りついてきても構ってはいけない。見てしまったら、やられる。何にかは知らないけれど。とにかく見てしまったらお終いなのだ。
 今は自分の足音しか聞こえないし、この校舎内には自分以外何もいない。何も居ないに決まっている。何かが居てたまるか。


3

 世界とは何か、と考えた事がある。
 小学生か、中学生の頃だろうか。国語の授業で「世界とは何か」という問いを出され、多分それがきっかけだったのだと思う。世界という言葉で連想するもの、世界とは何を意味するのか。先生がどういう意図でそんな問いを出したのかは分からない。ただ、周囲の答えは「地球のこと」「地球も含めて宇宙全部のこと」「世の中のこと」・・・そんなような物だったと思う。どれも外れてはいない。とにかく大きい範囲のもの、という答えだった。しかし、私の考えていた事にぴったりあう言葉は無かった。考えていた事がすでに漠然としていたのだから、当然なのだけれど。私の番が回ってきて、私はこう答えた。
「ある一定の範囲の中、認識で区切られたもの」
前者は、人間から見れば極めて小さい範囲のものを、ひとつの世界と呼ぶ事もあるだろうという考えからだった。例えば、「ミクロの世界」や、「虫の世界」なんていうのはテレビ番組でもよく言われるだろう。後者は前者の中の範囲内で、いうなれば付け足しのようなつもりだったのだが、本当はこちらの方が私のなかの漠然としたイメージに近かった。認識によって世界は成り立っているとか、世界と呼べる範囲は認識の範囲内だけであるとか、そういうこと。

 世界は人の数だけ存在する。

 ――普段はあまり喋らないくせに、そういう時になるとよく喋る人だった。私はもともとそんな小難しい話には興味はなかったから、話半分上の空で聞いていたのだけれど。考えてみれば何も難しい事ではないのだ。

 なるべく余計なものを見ないようにして廊下を歩く。目をつぶりたい所だったがそれでは何かに躓いて転んだり、ぶつかったりしそうだったのでやめた。今のところ、外側だけで内側は私の知っている校舎なので、とりあえずは窓の外にだけ注意すれば良い。
 向かいのビルの屋上からちくちくと視線を感じる。視線の隅を白い物が横切る。校内アナウンスで「ぴーんぽーんぱーんぽーん」だけが間を空けて二回繰り返され、何も言わずに切れる。
 階段を降り、昇降口の前まで来て、気がついた。というか、今まで気づかなかった事に愕然とした。
 外に出たら、得体の知れないあれがうじゃうじゃいるじゃないか。このまま校内にいたほうが・・・いや、さっさと家に帰りたいのだけれど。
恐る恐る昇降口から外をうかがう。
・・・なにもいない。
振り向いて、窓をみる。
やはり、いる。
・・・どういうこと?

4

 「ほら、あれよ。晴れてる日に授業中窓の外をふっと見ると落ちてく人がいるとかいう怪談があるじゃない?だけどその後で窓の外を見ても誰も下に倒れてないの。そんなんなの。外見たら何もいなかったでしょ?窓っていうフィルタがないとたいていの人には見えないもんなの。
 ま、そんなどうでも良いことより、今はとりあえずこいつを連行するのが先なんだけど。ちょっと回り道するけど、構わないよね?」
 そう言って、彼女はそいつの足を蹴飛す。そいつ――見覚えのある男は、うめき声を上げながらも、大人しく引っ立てられるままのろのろと歩いていく。何処から持ってきたのか後ろ手に手錠がかけられていて、黒い布で目隠しをされている。

 気にせず外に出るべきかこのまま校舎内に留まるべきか、迷って昇降口前でうろうろしていた私に、彼女は突然後ろから声をかけてきた。あれだけ探しても見つからなかったのが、今になってあっさり会えたとなるとなんだか空しい気分になるが、結果的に大差はない。先程疑問に思っていた事を彼女に質問した所、彼女は男の足を踏みつけながら、前述のように答えてくれた。
 彼女の最後の問いかけに対しては、異論はない。
「さっさと歩きなさい」と、のろのろ歩く男の尻を蹴り、彼女は私にこう質問した。
「ところで、岬さんは何処にいるか知らない?」
「え?」
我が耳を疑った。彼女がその男を引っ立てているのは、てっきり岬さんが男に殺されたのを知ったからだと思っていた。
「ああ、ちがうちがう。そうじゃないの。岬を殺したのはこいつに間違いないんだけど」
と、再び後ろから男を蹴りつける。
「こいつね、死体を何処にやったのかどうしても喋りやがらないのよ」
「はぁ・・・」
食べちゃったんじゃないだろうか、と、ふと思った。死体が自分で歩いていく訳はないのだし。前者もこの短時間ではありえない事ではあるのだが、この異様な空間の中ではそれもありかな、と。その・・・犯人と思われる男も、決してスリムとはいえない体型であることだし。
 そうして歩いているうちに、二階建て位の白い建物についた。病院のように見えるが看板は出ていなかったし、人の姿も見当たらない。建物の中に入ると、何処からかピアノの音が幽かに聞こえた。壁も天井も真っ白で、空は夕焼けのはずなのに窓の外からは目の痛くなるような白い光。そのくせ建物の中は暗い。広く、生物の気配がしない。
気付くと彼女はどこかに先程の男を引き渡して来たらしく、知らない間に奥のほうから私の元へ戻ってきて、さぁ帰ろうか、と、さっさと建物の外に歩いていった。私も慌ててついていく。

5


 そろそろ家に帰りたい。
 そう思い始めていたけれど、帰り道が分からない。見たこともないほど赤い空のせいだろうか。学校からそれほど離れていないはずなのに、周りの風景がいつも見ていたものとは全く違う。ここはもう、私の知らない場所だ。
 ”彼女”は――何も言わずに、歩き続けていた。岬さんが見つからなかった事がショックなのだろうか。
 夕焼けに続く、舗装もされていない一本道。その横に、古めかしい神社が建っていた。
 彼女は躊躇いなく、靴も脱がずに神社の中に入っていく。知らない場所に一人にされるのが嫌で、私も追いかけた。石段に賽銭箱、朽ちかけた床板が続いている。あちこちに隙間が開いて、今にも踏み抜いてしまうのではないかと思ったが、意外なことに私が乗っても床はぎしりとも音を立てなかった。何処からか視線を感じたが、振り向いてみても誰もいなかった。
 神社の中は広い。先程の白い建物と同じく、人のいる気配もない。しかし、何処からか歌のようなものが聞こえていた。歌詞があるわけでもない、メロディがあるとも思えないほど平坦な、ただ澄み切った声の、美しい歌。
 神社の中を突っ切って、向こう側を見るとそこにも夕焼けが広がっていた。神社は高い所に建っているらしく(ここに来るまでに坂をのぼった覚えは全くないのだが)眼下には見慣れた町並みが広がっている。夕焼けは異様なほど鮮やかだった。

 急に美しい歌声がとても恐ろしいものに思えて、私は彼女に、もう帰ろう、と声をかけた。彼女も同意した。夕焼けが夜の空に変わり始めていた。そろそろ帰らないと、暗くなるまでに家に着かなくなってしまう。夕焼けが終わる前に帰らないと。帰れなくなる。

 神社を出る時に、やはり朽ちかけた床板に体重をかけるのは不安で下を見ながら歩く。大きく開いた隙間、その間から、
目が合った。
「!」
思わず目をそらして、見てはいけないと自分に言い聞かせた。でも、もう遅い。気付いてしまった。
「どうしたの?」
先に神社を出た彼女が振り返った。なんでもないふりをする。気付いてしまえば、きっと彼女はこのまま帰れない。死んだ友人の死体を放って帰ることは、きっとできない。しかし、そんな事をしていたら暗くなる前に戻る事は出来なくなる。暗くなる前に戻らなければ――ずっと、この世界から出られない。

 ・・・岬さんは、床板の下からじいっとこちらを見ていた。彼女からは、私の影になって見えていない。目を見開いたままで瞬きもせずに、寸分も動かず、光のない瞳でただ私を見つめていた。

6

 少し行った先のの分かれ道を右に行けば、家に帰れるよ。
 彼女に別れ際そう言われ、私は一本道を歩いていた。
 蜩が鳴いている。夕焼けは郷愁を感じさせるというが、それはきっと本当なのだろう。まして夏ともなれば。
 夏の夕方の空気は独特のにおいがする。湿った腐臭。冬よりも、夏のほうが死に相応しい季節だろう。特に、夏の終わり。冬は死の季節だが、それは寧ろ、深い眠りを思わせる。停止としての美しい死。しかし夏は違う。夏の死は決して美しくなどない。例えば、蝉の死体に群がる蟻。バラバラに解体されて巣へと運ばれていく。死体は腐る。死というものを、まざまざと見せつけられる。

 考え事をしながら歩いていると、いつの間にか随分時間が経ってしまっているようだった。前方に分かれ道は見えない。後ろにも、先程の神社は見えない。気付かないうちに分かれ道を通り過ぎてしまったのだろうか。私は右と左、どちらの道に来たのだろう。戻ろうかと思った。しかし、夕焼けはもうすぐ終わってしまいそうだ。
 暫く歩くと見慣れた風景の場所に出た。時折人の視線を感じるが、もう気にもならなくなってしまった。道端に黒猫が死んでいる、と思ってよく見たらただの黒いゴミ袋で、人の頭蓋骨が落ちていると思ったらそれはただの白くて丸い石で、駐輪場の隅に夏だというのにコートを着た人がたっていると思ったら、それは電信柱に括り付けられた、何かの機材の入った金属製の箱だった。何も奇妙なものなどありはしない。すぐそこの角を曲がれば私の家がある。

7

 次の日学校に行くと、彼女はいなくなっていた。誰も何も言わなかったし、机と椅子もいつの間にかなくなっていた。彼女の名前も顔もぼんやりして、覚えていない。そのことに対しては何も疑問はない。当然のことのようにしか思わなかった。
 ただ、岬さんはいつもの通り学校へきていた。私は元々親しい方ではなかったから岬さんについてよく知っているわけではないし、いつもと全く変わり無いように見えたが、注意してよく見てみると以前と何かが違うような気がした。でも、それはきっと、あんなものを見てしまったせいなのだろう。私の気のせいだ。

 校庭から野球部の掛け声、校舎の中遠くから吹奏楽部の練習する音が聞こえる。教室のスピーカーから僅かにノイズが聞こえ、その後連絡のチャイムが二度続けてなったが、あれは先生方の出前の品が届いたという合図だったらしい。その後にも少しのノイズを残し、放送は切れる。
 窓の外、視界の端を黒いものが横切った。きっと、蝙蝠だ。夕方になると飛んでいるのをよく見かける。たまに、暗くなってから窓目掛けて飛んできて衝突する間抜けなのがいる。
いつも通りの夕方。何も変わったことは無い。
 家に帰ろうと、閑散とした教室を出る。床に積もった埃に薄く足跡がついた。たてつけの悪い戸が開閉を拒否するが、少し力を入れれば何の問題もない。
 廊下には誰もいない。部活のない生徒はもうとうに帰宅している時間だし、部活のある生徒はそれぞれの部室にいるから不思議ではない。静かな廊下を一人で歩くのは、なんとなく違和感を感じる。嫌な違和感ではない。

 黒ずくめの、ヘルメットを被りバイクに乗った殺人鬼の話を聞いた。その矢先に道の向こうからそれが走ってきて、何事もなく通り過ぎていった。かと思うと、同じものがまるで虫のように道の向こうからわらわらと――際限なく現れ続け、次々と走り去って行った。
 ふと、帰りがけに少し寄り道をしてみようと思った。彼女について歩いた道を辿り、古い神社の床板の下を覗く。
 死体は当然のようにそこにあった。同じように、こちらをじっと見つめていた。
あのときの歌は聞こえなかった。私は置いていかれてしまったのだろうと思った。一体何にかは分からない。

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