ぬじろぐ

メモです。

芥川龍之介「羅生門」感想文供養

掃除をしていたら学生時代に書いた羅生門の読書感想文を発掘しまして、捨てるのは勿体無いから取っておこう…とかやっていると永遠に片付けが終わらないためここに掲せて供養することにしました。
たしかこれ、羅生門読んで感想文出せって指定されて書いたやつですね…
読んでたら結構面白かったんですが、そのまま載せるには真面目すぎるし読みにくいよな…ってことで、いろいろ足したり引いたりしたら割と別物になってしまった…まあいいや。
どこの部分を言ってるのかわかりやすいように引用もつけてみました。
引用機能って便利ですよね…読書感想文を400字詰めの原稿用紙に書かせるのって、書く方も辛いけど読む方も辛いんじゃないかと思うし、横書きでワープロソフト使って良いことにしたほうが読書感想文嫌いもへるんじゃないかという気がするのですが。

引用部分は全てこちらからです。
芥川龍之介 羅生門


羅生門というと「人間のエゴイズム、極限状態の中で露呈する人間の醜い本性を書いた作品」とよく言われるが、昔読んだ時は人間のエゴイズムというものが今ひとつ実感できず、生きるためなら悪事を働いていいという部分がそう言われているのかな…という感想を持った程度でした。
しかし、今回改めて「羅生門」を読んでみると、なるほどエゴだらけですね。もう登場人物全員エゴの塊。

いや、この老婆に対すると云っては、語弊ごへいがあるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。

下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。

この描写からは、下人が感じた激しい憎悪と反感はどこから湧いてきたんだ?という感じになります。善悪のいずれに片付けていいのか分からないうちから「悪に対する反感」とはこれいかに。早くもエゴの片鱗が見えます。

下人の中で「悪を憎む心」が突然燃え上がりだしたわけですが、それは「この雨の夜に、この羅生門の下で」だったからで、更には下人自身が"「盗人になるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいた"からではないか?全く別のシチュエーションであれば許すべからざる悪だとは考えなかったのでは?老婆を初めに見たときに「ただの者ではない」と考えた理由も同じ。

下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。

「雨の日に不気味な場所で老婆が死人の髪を抜いている」という場面にふさわしい、それこそ平凡ではない悪事を期待していたから失望しているのであって、ここが「あーエゴですねーそれはエゴど真ん中ですよー」って感じ。勝手に期待して勝手に失望する。
大それた悪事のほうが懲らしめた下人の正義感の満足がより大きくなるからですかね。「こそ泥をしていた老婆を捕まえた」よりも「雨の日の羅生門にいたのは老婆の姿をした妖怪で、抜いた髪を使って呪術を行おうとしていた…それをたまたま通りがかった俺が退治してやったのだ」のほうが自慢できますしね。
「今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。」とかいってるけど、本当はリストラされて行き場がなく、悪事を働く踏ん切りもつかないまま途方に暮れていただけなのになんか見栄張ってるし。
意外に普通でがっかりとまでは行かないけど拍子抜け、って結構あるあるなんじゃないかな…ネットで暴れてる人に取材を申し込んだら、意外に普通の人がきて話も普通に通じるしでなんか思ってたのと違う…みたいな。

悪に対する反感を燃やして、老婆を捕まえ満足して、理由を聞いて失望し、そのあとまた憎悪が戻ってくるところが

そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑ぶべつと一しょに、心の中へはいって来た。

と書かれていますが、失望後の憎悪って老婆を捕まえる前の「あらゆる悪に対する反感」とは別じゃないかと思うんですよね。期待を裏切られたことに対する怒りというか。
いや、違うのかな。「前の憎悪」と書かれているからには、最初の悪を憎む心っていうのも正義感ではなく、自分が決心できない悪事を目の前で実行してる人がいる、俺はできないのに…という嫉妬のようなものだったのかもしれない。それを本人は嫉妬だと認めたくなくて、正義感だと思い込もうとしていたとか。

老婆の主張は「生きるために多少の悪事をはたらくのは仕方がない。自分が相手の悪事を仕方ないと許しているのだから、相手も自分の悪事を大目に見てくれるだろう」という事だが、本当に女が老婆を許すかどうかはわからない。老婆が勝手にそう思っているだけで、要するに下人と同じである。相手が死んじゃってるから期待と違ってがっかりできないだけで。あーエゴだわ。あっちもこっちもエゴだわ。

…と、ここまで昔の感想文見ながら書いてきて思ったんですが、
よくいわれるやつのもう片方、「極限状態の中で露呈する人間の醜い本性を書いた作品」の「極限状態で出る行動がその人の本性」みたいなのあんまり好きじゃないんですよね。twitterでも散々言われてるので割愛しますけど。