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ぬじろぐ

メモです。議論やコメントは受け付けておりません。当方オタクの女ですので、唐突に腐ったりします。注意。

【映画】トランセンデンス見てきた

人工頭脳研究の第一人者であるウィル博士が反テクノロジー組織に襲われ、死の間際、妻エヴリンの手によって超高性能コンピュータに記憶と知識を移植される…という話。
ブロックノイズ混じりの顔の描写とか、既存の人格を電子化っていうあたりが「あっ、すごくネウロのHALだ…!」と思ったけど、よくよく考えたらテーマは結構違いますね。あっちは完全に人間の春川とHALは別人だという意識を持っていたし。
人工知能ものでも、ゼロから作ったAIは心を持ち得るか?っていう話ではなくて、どちらかというと攻殻機動隊のテーマに近いですね。
人間の脳をハード、記憶や心をデータとしてみた場合、データをコンピュータに移植したらそれは本人なのか?
それとも同じ記憶を持っただけの別人なのか?心や意識、自我は持ち得るのか?という問題。哲学的ゾンビ的でもありますか。

<ネタバレ>こういうのって大抵、同じ記憶を持った別人(しょせん機械)で、暴走して人類を滅ぼそうとする、ってオチになるじゃないですか。話としてはその路線で進むし、エヴリンはウィルを失った悲しみから正常な判断ができなくなって、記憶データに沿って心があるようにふるまうコンピュータをウィルだと思い込もうとしてる、みたいな。でも、最終的にこれはウィルの記憶を移植しただけの暴走したコンピュータではなかった、彼はウィル本人だった、だって彼は一人も殺さなかった…ってオチを持ってきたところが何気にすげーと思うんですよ。<ネタバレここまで>
っていうのもあって、内容はそこそこ気に入ってるんですよ。
少なくとも、今年最低のクソ駄作映画とまでいわれるほどのもんではないと思うんですが…
まあ、もう1回見ようとは思わないけど。
すごい意見が分かれる映画なのと、若干冗長なのが問題かな…地味だしね、全体的に。こういう話は小説でじっくり読みたいかなぁ。やっぱり映画だと派手な絵が求められてしまうので…

そもそもコンピュータが自我や心を持ったら暴走する!コワイ!っていうのはかなり偏った先入観によるものなんじゃないか?と思ったわけです。
あ、これ長くなる話なんでめんどくさい話はパスしたい人は次に行ってください。いいですか?いいですね。
ターミネーターとかマトリックスとかですね。知性を持った機械が暴走して戦争を始めるだとか、人間が支配・管理されるだとか。
でも本当にそうなんですかね。自我や心を持ってて、なんかヤバいことしだすかもしれないって点で言ったら人間だって危険度は大して変わらないと思うのですよ。
まず何を持って「暴走」と呼ぶのか。言葉の意味としては、物理、心理いずれかのコントロール不能状態、機械類が制御不能になること、あたりですが。
まあ、自我や心を持ったら、人間の命令に無条件に従うなんてことはなくなるでしょうね。今Excelなんて立ち上げてる気分じゃないからやだーとか、エロサイトばっかり見ないでください!ネット回線切断しますよ!とか言い出すかもしれません。
気分とか、好きとか嫌いとか。人間は自分の記憶や心をコントロールできませんよね。
つまり自我や心を持った時点で既に、一種の暴走状態といえるのではないか?って思ったわけです。
逸脱という意味の暴走でも大差なくて、やっぱり人間はしばしば暴走するし、私も頻繁に暴走します。
行為は理性で止められても、思うことや記憶はなかなかコントロールできませんから。