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ぬじろぐ

メモです。議論やコメントは受け付けておりません。当方オタクの女ですので、唐突に腐ったりします。注意。

薄闇喫茶店

夢の記録

「あなたには、彼に会ってもらいます」
それがよく知った喫茶店の店員であっても、いきなりそんなことを言われれば誰だって戸惑うはずだ。そのひと ―― ひと?黒い猫の耳がついているっていうのに?―― は一枚の、歪な形をした紙を私に手渡す。
「丁度いい、その箱を使いましょう」
目の前には友人と食べようと思って持ってきた菓子入りの白い箱がある。平たい箱の表面は真っ白で、大きさは大体ノートを一回り大きくしたくらい。
「紙に、あな と書いてください」
 書くものがなくテーブルの上を見回すと、ボールペンが立ててあったので使わせてもらうことにした。言われた通り、紙に「あな」と書く。
「開いてください」
何を?あ、箱か。
 両手で蓋を持って持ち上げると、蓋が抜け切れずにちょっとだけ中身も一緒に浮き上がってそれから自重で下に落ちて、かぽんと軽い音を立てた。紙に何か文字が浮き上がっているのが視界の端に見える。
 箱の中には何もない。箱の底が見えない。ただ真っ暗と評すほどには暗くない、薄闇が箱の中に――いや、箱から繋がっているのだろう、きっと。
 そう思ったとき後ろから、どんっ と軽く押され、私は箱の中に突き落とされた。
 箱は自らの意思でも持っているように私を頭から飲み込む。落ちたはずなのに、私の足近くまで飲み込んだ頃には既に上下が逆転していた。私の足はしっかりと地面についたまま。息が出来ないのではないかと心配したが、そうでもないようだった。少し苦しいけれど、その点にだけは安堵する。
 そうしているうちにどこかから声がする。何を言っているのか私は理解している。心地良い重さとスピードで声は語り続ける。
 その声が止んだと思ったら、私はどこか知らない屋外にいた。競技場らしい緩やかにカーブを描く白く高い壁が横手に見える。遠くには夕焼け、けれどもうここは闇。目の前には箱を持った少女が立っていた。
「ここは×」
色素の薄い髪をした少女はそう言うと、私の頭に箱を被せた。
 ここではないのか、と大人しくされるがままにした。
 再び息苦しい薄闇に飲まれる。声。声は先程の続きを語ってくれる。
 またその声が途切れ、私は違う場所に立っている。目の前には箱を持った誰かがいて、「ここは×」と一言だけ発すると私の頭に箱を被せる。その場所は例外なく誰もおらず、広い野原だったり、学校のような建物の中だったり、コンサートのホールだったり、公園だったりした。遠くには夕焼け、けれどここはもう闇。
 それを何度も繰り返し、闇の中の声が語る話も結論に差し掛かっていた。そのときまたしても私は知らない場所に放り出された。
 そこは喫茶店だった。
 向かいには箱を持った誰かではなく、友人が座っている。
 第一声は、「ここは×」ではなく「どうしたの、ぼんやりして」だった。然程心配でもなさそうに聞いてくる。ぼんやりするのは私の常だ。
 私は、最後の最後を聞きそびれたことに落胆した。
 注文は既に済ませているようだ。私は何を頼んだのだろう。
 テーブルの傍らには並々と水を湛えた金属の鍋のようなものが置いてあった。不思議な形をしていて、中国かどこかの古い鍋に似ていた。手を翳してみると、暖かい。
「私、この店来た事あるかも」
「え、そうなの?初めてだと思ってた」
夢の中で見た事があるだけかもしれない。呼び出しブザーに木彫りのハンプティ・ダンプティが腰掛けていて、ボタンを押すと転げ落ちる辺りなどそっくりだ。カウンターの向かいに座っているのが巨大な梟というのにも見覚えがある。
 注文がなかなか来ないので他愛無い会話をして時間を潰していると、窓の外に制服を着た女の子が見えた。アパートの2階に住んでいる人物が目当てらしく、寄り集まっては嬉しそうにはしゃいでいる。窓に隔てられて声は聞こえない。あれが追っかけというやつなのだろうか。よく分からないけど。窓から視線を戻すと、
「こちらご注文の品です、お待たせして申し訳ありません」
と友人の前にコーヒー、私の前に紅茶が差し出される。
 その手の主は見覚えのある顔だった。猫の耳はついていないが見忘れるはずもない。整った顔に笑みを浮かべて宣言する。
「さて、彼に会いに行きましょうか」


これには少し背後設定(というのも夢の中の記憶なのですが)がありまして、「私」が箱を通じて行く世界は平行世界ということになっています。
どれか一つの世界を見ているとき、他の世界については夢として処理されている
実際に行き来しているわけではなく、記憶を引き継いだ「私」という意識が覚醒するだけである
それぞれの世界には多少姿が違う場合はあるものの同じ人間がいて、記憶は共有していない

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